ヘッジ会計 - リスク管理部門の要否、棚卸資産評価損との関係、会計方針の変更、商品の購入契約等

 ここ10年~15年位でしょうか、監査法人がクライアントと距離を取り、クライアントからの相談に対し、機械的・杓子定規に回答することが増えているようです。
 これは、監査業界全体の(合同的な)傾向のようです。
 適正な監査意見を形成するためには、致し方ないことかもしれません。
 クライアントからすると、いよいよ監査法人が税務当局のような存在になってしまったので、税理士のような存在を求めたくもなるかもしれません。
 そんな背景もあるのでしょうか、会計についてのご相談を承ることが増えてきました。

 今回のテーマは、その中で出てきた、ヘッジ会計についての論点です。

1.多数のヘッジ取引を行う会社がヘッジ会計を適用するためには、実行部門と分離独立したリスク管理部門が必須か?

【私見】
 個々のヘッジ取引を行う際に、企業の所定の方針に従って適切な社内承認手続が行われ、それが文書化されていれば、ヘッジ会計の適用上は、不要と考えます。
 ただし、ヘッジ会計適用の要件とは別の議論として、デリバティブ取引を活発に行う会社には、監査法人から、分離独立したリスク管理部門の設置を求められる可能性があります。

【根拠】
 まず、金融商品会計に関する実務指針(以下、実務指針)の関連箇所を見て行きます。
 (←A型、←B型、←C型は、私が追記しています。)

144.金融商品会計基準第31 項では、ヘッジ会計の適用要件の一つとして、ヘッジ取引時の要件(事前要件)を次のように定めている。
 ヘッジ取引時において、ヘッジ取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることが、次のいずれかによって客観的に認められること。
 (1)当該取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることが、文書により確認できること。
 (2)企業のリスク管理方針に関して明確な内部規定及び内部統制組織が存在し、当該取引がこれに従って処理されることが期待されること。

145.前項(1)による確認は、企業が次のような比較的単純な形でヘッジ取引を行っている場合に可能である。
 ①個々のヘッジ取引を行う際に、企業の所定の方針に従って適切な社内承認手続が行われ、それが文書化されている場合 ←A型
 ②特定の種類の取引については自動的に特定のデリバティブによるヘッジを行う方針が文書化されており、それに従ってヘッジ取引が行われている場合 ←B型
 これに対し、多数のヘッジ取引を行っており、個別のヘッジ取引とリスク管理方針との関係を具体的に文書化することが困難な場合には、前項(2)のように、リスク管理に関する内部規定及び内部統制組織が適切に運用され、ヘッジ取引がそれに従って処理されていることが必要である。具体的には、ヘッジのためのデリバティブ取引を実行する部門とは分離されたリスク管理部門を設け、ヘッジ取引の実行を適切に管理するシステムが確立されている必要がある。←C型

 上記の144項、145項から、ヘッジ会計適用の要件として、次のA型からC型が見出せます。

A 型:個々のヘッジ取引を行う際に、所定の方針に従って適切な社内承認手続を行い、それを文書化する(具体的にはヘッジ指定書に承認印を押す)

B 型:特定の種類の取引について自動的に特定のデリバティブによるヘッジを行う方針を文書化し、これに従ってヘッジ取引を行う

C 型:リスク管理に関する内部規定及び内部統制組織を適切に整備・運用し、これに従ってヘッジ取引を処理する。具体的には、デリバティブ取引の実行部門と分離されたリスク管理部門を設け、ヘッジ取引の実行を適切に管理するシステムを確立する

 そして、C型については、上記の145項で「多数のヘッジ取引を行っており、個別のヘッジ取引とリスク管理方針との関係を具体的に文書化することが困難な場合には」C型という前書きが付いています。
 これを逆読みすれば、「多数のヘッジ取引を行っていても、個別のヘッジ取引とリスク管理方針との関係を具体的に文書化できる場合には」C型に拠る必要はないと読めます。
 よって、その場合、純粋なA型で進めることができ、ヘッジ会計の適用要件としては、実行部門と分離独立したリスク管理部門は不要です。ヘッジ指定書上、リスク管理部門の承認欄を作らなくて良いことになります。
 同じ理由で、多数のヘッジ取引を行っていても、B型の要件を満たすなら、ヘッジ会計の適用要件としては、実行部門と分離独立したリスク管理部門は不要となります。

 しかし、次に問題となるのが、以下の実務指針の位置付けです。

318.デリバティブ取引を活発に行う企業の場合、内部統制組織としてデリバティブ取引を実行する部門(フロント・オフィス)とこれとは別に分離独立したリスク管理を行う部門(バック・オフィス)が必要である。フロント・オフィスは、一般的に経営者に対し社内規定に従い事前に取引目的(ヘッジ目的又はトレーディング目的)、取引枠、相手先、損失限度等の市場リスクに関する申請を行い、また、バック・オフィスは経営者に定期的にデリバティブ取引の実行状況を、更にヘッジ目的取引についてはそのヘッジ有効性を確認し報告しなければならない。すなわち、バック・オフィスはデリバティブ取引の口座開設、基本契約の締結、成約確認、資金決済及び受渡し、残高確認、ポジションの状況等に関する管理資料を作成し、更にヘッジ関係が有効に機能しているかどうかを評価するシステムを持つことが必要である。また、企業がトレーディング目的でデリバティブ取引を行う場合は、ヘッジ目的のデリバティブ取引と明確に区分できる管理体制を取っていることが重要である。

 上記の318項の解釈の仕方として、二つがあると思います。

解釈1.C型の要件であるリスク管理部門の分離、管理システム確立の詳細を定めたもの

解釈2.ヘッジ会計の適用要件とは別に、内部統制構築義務を定めたもの

 解釈1によれば、A型で進む場合には、C型の要件の詳細は関係ありませんので、上記の318項は無視して良い規定となります。
 一方、解釈2によれば、デリバティブ取引を活発に行う会社では、それがなければヘッジ会計適用が否定される訳ではないものの、318項に沿った内部統制構築義務があることになります。
 いずれの解釈が正しいのか微妙な所ですが、実務上、監査法人は、解釈2を採るケースが多いのではないか、と思います。
 ただ、内部統制の議論となりますので、不備があったとしても、決算数値に直接影響する事項とはならないと思われます。
 また、「デリバティブ取引を活発に行う」とはどの程度の取引量を言うのか、については、実務指針に定めはなく、監査法人の裁量の範囲内となります。

2.実務指針145項①(A型)の社内承認手続は、事前承認を要求したものか?

【結論】
 ヘッジ取引実施後速やかにされる限り、事後承認でも差し支えないと考えます。

【根拠】
 実務指針の関連箇所を見て行きます。

144.金融商品会計基準第31 項では、ヘッジ会計の適用要件の一つとして、ヘッジ取引時の要件(事前要件)を次のように定めている。
 ヘッジ取引時において、ヘッジ取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることが、次のいずれかによって客観的に認められること。
(1)当該取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることが、文書により確認できること。
(2)企業のリスク管理方針に関して明確な内部規定及び内部統制組織が存在し、当該取引がこれに従って処理されることが期待されること。

145.前項(1)による確認は、企業が次のような比較的単純な形でヘッジ取引を行っている場合に可能である。
 ①個々のヘッジ取引を行う際に、企業の所定の方針に従って適切な社内承認手続が行われ、それが文書化されている場合 ←A型
   以下略

 そして、文言上、事前承認は要求されていません。
 また、ヘッジ取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることを文書により確認する、という趣旨からすれば、事前承認が必須とは解されません。
 また、ヘッジ取引がされる市場の流動性が高ければ、値動きが常にあり、事前に承認された価格で約定することは不可能と思います。
 ただし、社内承認手続という文言を一般的に解釈すれば、それは取引実行時と近い時点でなされるものでしょうから、事後承認は、取引実施後速やかになされる必要があるかと思います。

3.ヘッジ対象である棚卸資産に評価損が生じた場合、繰り延べられているヘッジ手段の損益はどうすべきか?

【結論】
 評価損に対応するヘッジ手段の利益については、繰延を終了し、当期の利益に計上すべきと考えます。
 また、棚卸資産の評価損の計上は通常通り行うべきと考えます。

【根拠】
 棚卸資産の評価基準に関する論点の整理(企業会計基準委員会)に、次のように記載されており、この内容は会計基準・実務指針の解釈として妥当と思われます。

【論点 2】低価法の適用除外とする場合
 検討事項
27. なお、低価法を適用する棚卸資産の時価が帳簿価額よりも低下しているが、当該棚卸資産に関して、例えば、先物売建(固定価格の受取)契約を締結している場合などヘッジ会計を適用している場合にはどのように処理するのかという論点がある。この点については、ヘッジ対象の一部が消滅したため、当該部分につき、ヘッジの終了として、繰延処理されているデリバティブ損益を当期の損益とすることで既に対応がなされていると考えられる。

実務指針
ヘッジ会計の終了
181.ヘッジ対象が消滅したとき又はヘッジ対象である予定取引が実行されないことが明らかになったときは、繰り延べられていたヘッジ手段に係る損益又は評価差額を当期の純損益として処理しなければならない。

 また、実務指針の以下の記述も、上記を前提としていると思われます。

予定取引実行時の処理
170.予定取引のヘッジについてヘッジ会計を適用したことにより繰り延べられたヘッジ手段に係る損益(繰延ヘッジ損益)は、当該予定取引の実行時において、次のように処理する[設例19]及び[設例20]。
  中略
⑵ 予定取引が資産の取得である場合
ヘッジ対象とされた予定取引が、棚卸資産や有形固定資産などの資産の購入である場合には、繰延ヘッジ損益はこれらの資産の取得価額に加減し、当該資産の取得価額が費用計上される期の純損益に反映させる。例えば、購入した資産が棚卸資産である場合には販売時の売上原価又は低価基準の適用による評価損、固定資産である場合には減価償却費にそれぞれ含まれることとなる。
  以下略

 また、ヘッジ手段の利益の繰延を終了しないと、期間損益に以下の矛盾が生じてしまいます。
 ・評価損が計上された事業年度:評価損に対するヘッジ効果がP/Lに反映されない
 ・棚卸資産が販売された事業年度:低価法適用後の簿価ベースでの売上総利益と、ヘッジ手段の利益が計上され、利益が膨らんでしまう

4.そもそも、ヘッジ会計は任意適用なのか?

【結論】 
 ヘッジ会計の適用要件を満たす限り、強制適用です。
 ですから、適用を止めたい場合には、ヘッジ指定書を作らない、有効性評価をしない、といった対応が必要です。
 既に作ったものがあれば、ヤギさんの食事にするしかありません。

【根拠】
 会計基準、実務指針上、「適用することができる」とはされていません。

5.ヘッジ会計の適用は会計方針の変更に当たり、遡及修正が必要なのか?

【結論】 
 会計方針の変更に当たらず、遡及修正は不要(不可能)です。

【根拠】
 会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準の適用指針の、次の規定に該当します。

8. 次の事象は、会計方針の変更(企業会計基準第24号第4項⑸)に該当しない。
   中略
 (2) 会計処理の対象となる新たな事実の発生に伴う新たな会計処理の原則及び手続の採用
   以下略

 また、ある事業年度からヘッジ会計を適用すべくヘッジ指定書等の具備や有効性評価を開始した場合、その事業年度の期首時点ではこれらのヘッジ会計の適用要件を満たすヘッジ手段はないはずですから、遡及修正の対象となる損益はなく、遡及修正をしようがありません。

6.商品(金、原油、小麦、大豆等)の購入契約(買約定)は、IFRSと同じように、日本基準でもデリバティブとして時価評価されるか?

【結論】 
 日本基準では、商品の購入契約は、デリバティブに当たらないと考えます。
 よって、現物の引き渡しがあるまでは、損益の認識はありません。
 (一方、この売買契約に付したヘッジ手段については、対応する現物の引き渡し前でも、ヘッジ会計が適用されない限り、デリバティブとして損益が計上されます。)

【根拠】
 日本基準でのデリバティブの定義に、現物の売買契約は含まれていません。
 デリバティブの定義は会計基準、実務指針の色々な箇所でされていますが、以下が一例です。

デリバティブ
6.デリバティブとは、次のような特徴を有する金融商品である。
⑴ その権利義務の価値が、特定の金利、有価証券価格、現物商品価格、外国為替相場、各種の価格・率の指数、信用格付・信用指数、又は類似する変数(これらは基礎数値と呼ばれる。)の変化に反応して変化する①基礎数値を有し、かつ、②想定元本か固定若しくは決定可能な決済金額のいずれか又は想定元本と決済金額の両方を有する契約である。
⑵ 当初純投資が不要であるか、又は市況の変動に類似の反応を示すその他の契約と比べ当初純投資をほとんど必要としない。
⑶ その契約条項により純額(差金)決済を要求若しくは容認し、契約外の手段で純額決済が容易にでき、又は資産の引渡しを定めていてもその受取人を純額決済と実質的に異ならない状態に置く。

現物商品に係るデリバティブ取引(コモディティ・デリバティブ取引)
20.現物商品に係るデリバティブ取引(排出クレジットを基礎数値とするものを含む。)のうち、通常差金決済により取引されるものとは、商品先物市場、ロンドン金属取引所(LME)における取引のほか、コモディティ・スワップ、原油取引におけるブック・アウト(BOOK ─ OUT)取引等、当事者間で通常、差金(差額)決済取引(活発な市場があるため現物商品の引渡しを定めていてもその受取人を純額決済と実質的に異ならない状態に置くものを含む。)が予定されているものをいい、金融商品会計基準のデリバティブ取引に該当するものとして取り扱う。
 ただし、トレーディング目的(企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」第60項)以外の将来予測される仕入、売上又は消費を目的として行われる取引で、当初から現物を受け渡すことが明らかなものは、金融商品会計基準の対象外である。この場合、取引の当初から文書 化を行い当該取引部門の責任者の承認を受けていることが必要である。

 また、上記20項のただし書きでは、差金決済ができるものでも当初から現物を受け渡すことが明らかなものは金融商品会計基準の対象外(=デリバティブでない)とされています。
 であれば、差金決済ができず、当初から現物を受け渡すことが明らかな一般の商品の売買契約は、なおのことデリバティブには該当しません。

 実務指針のヘッジ会計の規定は抽象的で、具体的な実務のイメージが湧きにくいかもしれません。
 そんな時は、下記のページを見て頂くと良いかと思います。

https://img.atwiki.jp/bojg/attach/6/3/HedgeAccounting.pdf

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