非上場会社の従業員持株会 - 他の株主から既発行株式を取得するための臨時拠出に奨励金を支給できるか?
多くの会社の従業員持株会規約では、臨時拠出金には奨励金を支給しないとされています。
最近の文献でも「臨時拠出金の拠出や配当金の再投資・・・・・に際しては、奨励金を付与しないのが実務である。」*とされています。
でも、非上場会社の持株会では、臨時拠出金に奨励金を付与できると便利です。
例えば、
・オーナーが高齢で体調不良、相続が近そう。
・オーナーの自社株が多いので、相続税対策として、速やかに自社株を持株会に売却し、相続財産を減らしたい。
・しかし、持株会の残金(過去の月例拠出・賞与拠出のうち未使用部分)では資金が足りない。よって、臨時拠出金を早急に集めたい。
という局面で、奨励金が支給できれば、資金は集まります。
しかし、臨時拠出金に奨励金が支給できないなら、従業員からすると、月例拠出・賞与拠出に資金を回した方が、奨学会を貰えて得ですから、資金が集まりません。
では、なぜ、持株会規約上、臨時拠出金には奨励金を支給しないとされているのでしょうか?
これを調べていて、古い文献(従業員持株制度 企業金融と商法改正1 1990年1月20日 共著)に行きつきました。
脇道に逸れますが、まずは増資時の臨時拠出金についてです。
証券会社の方、学者の方等が座談会をしており、その中で、証券会社の方の次の発言があります。
「岡本:上場会社では持株会に対する第三者割当増資はありません。ただし、時価発行増資したときに、従業員持株会に対して発行総額の一割程度の範囲内で割り当てられることはあります。」
「岡本:・・・・・払込金に対する奨励金については、価格が均一である点から疑問がありますので、基本的には奨励金は支給しておりません。」
増資時には、一株当たりの払込金額は全株主均一とすべしとする商法(会社法)の原則があります。
そして、新株が持株会にも、その他の者にも発行される場合に、持株会にだけ奨励金支給すると、持株会の払込金額と他の者の払込金額は不均一である、とも捉えられます。
持株会の実質的な払込金額は、「臨時拠出金+奨励金(=他の者の払込金額)」でなく「臨時拠出金」のみ、よって、他の者より少ない。
故に、商法の原則に反する疑いがあり、奨励金は支給できないとの理論です。
これにより、株主割当増資、第三者割当増資では、臨時拠出金に奨励金を支給しない実務が定着したと思われます。
ただ、同文献でも、次の反論があります。
「森本:・・・・・発行価額が均等でなければならないという商法280条の3の規定と、これはもちろん株主平等原則と関連する規定ですが、さらに一般的な株主平等の原則からいかがでしょうか。この点が新株の取得の場合と既発行株式の取得の場合とで違うという意見があるとともに、既発行の場合にも認められるならば新株発行の場合にもいいではないかという意見に分かれると思うのですが。」
「河合:私はむしろ後者の感じです。いくらかの奨励金を与えるにしても、それは株主という立場に対して与えているのではなく、従業員に対して与えているわけですから、従業員に対して与えることが、その頻度とか金額について合理的な範囲ならば、株主平等の原則に反することにはならないとみられないでしょうか。」
「前田:奨励金は株主としてではなく、従業員としての資格に基づいて与えられるのだから、株主平等原則の問題は起こらないのだという論法が、既発行株式の取得の場合に一般に使われてきました。私も河合先生の言われるように、新株発行の場合にも、この論法で商法280条の3の規定や株主平等原則の問題に対処できるのではないかと考えています。」
また、最近(2012年)では、上場会社の第三者割当増資で、次のような事例があります。
https://www.cts-h.co.jp/ir/ir_news/upload/139.pdf
・持株会持株会のみに第三者割当
・払込金額のうち50%は臨時拠出金、残り50%は特別奨励金として会社が支給
これは、第三者割当増資でも持株会以外に新株発行を受ける他の者がいないケースです。
すなわち、払込をするのが持株会のみで、故に払込金額不均一の問題が生じず、奨励金支給に問題なしということかと思います。
さて、上記を踏まえ、脇道から戻ります。
まず、多くの非上場会社の持株会規約上、他の株主(オーナー等)から既発行株式を取得するための臨時拠出金に奨励金を支給しないとされているのは何故でしょうか?
これは、
①持株会制度は上場会社中心に開始され、そこでは、上記の増資の点もあり、臨時拠出金には奨励金を付与しないとの持株会規約が定着した
②上場会社向けの持株会規約を非上場会社向けに修正していく際に、非上場会社固有の臨時拠出である、他の株主(オーナー等)から既発行株式を取得するための臨時拠出金に対しても、臨時拠出の一種であるが故に奨励金は支給しない、との規約が定着してしまった
からだと思います。
では、臨時拠出金への奨励金支給の可否はどう考えるべきでしょうか?
他の株主(オーナー)からの取得では、一株当たりの払込金額不均一の問題が生じません。
そして、他の株主から取得するための月例・賞与拠出と臨時拠出で、奨励金の扱いを変更する必然性は見出せません。
よって、奨励金支給は可能と思います。
また、現実的には、持株会を含む株主の中で不利益を受ける者がいないので、法的トラブルが起きる余地はほぼないだろうと思います。
今年は持株会案件が多く、色々な論点を深めることができました。
誠にありがとうございました。
*:新しい持株会設立・運営の実務 -日本版ESOPの登場を踏まえて(西村あさひ法律事務所 野村證券ライフプラン・サービス部 2011年1月31日 65頁)
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